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広島高等裁判所松江支部 昭和55年(う)28号 判決 1982年2月22日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用はその四分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人福間ら四名の弁護人君野駿平、同田川章次、同高野孝治共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官杉本金三作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一  控訴趣意書記載第三 刑訴法三三八条四号の主張について

所論は要するに、本件は器物であるガラスを損壊したという事案であるから、被告人福間又は同被告人ら四名がビラ貼付により損壊したのはどのガラス窓のどのガラスであるかを特定しなければならないにもかかわらず、被告人福間ら四名が最も多く貼付した原判示第二事実の玄関側にしてもせいぜい一〇数枚のビラであり、それは窓ガラス一、二枚についてであり、前同第一事実についても被告人福間が貼付したのはビラ一枚であるから、一つの窓のガラスの一部にしか当たらないので、被告人福間又は同被告人ら四名の所為について各事実ともどの窓のどのガラスを損壊したのか特定されておらず、したがつて各訴因とも不特定であり、本件公訴は棄却されるべきである、というのである。

しかし、本件各器物損壊における窓ガラスの特定に関しては、本件起訴状によると、公訴事実第一は「一畑電気鉄道株式会社出雲営業所建物二階東側の窓ガラス」と、また同第二は「同建物一階東側の窓ガラス及び一階南側窓ガラス等」とそれぞれ記載しており、いずれも右営業所建物(以下「本件建物」という)の一、二階の東側あるいは南側の全部の窓又は扉のガラス全部を指していることは明らかである(なお、原判示第一事実では本件建物二階東側、ただし階段中央付近にある窓ガラスを除いた全部の窓ガラスと、同第二事実では本件建物一階東側の窓ガラス全部及び一階南側正面玄関東側の扉ガラス、その上部窓ガラス、玄関左右出窓の窓ガラス全部とそれぞれ判示しているが、それはいずれもいわゆる縮少認定をしているものであり、また、当審において検察官が本件建物の裏側(北側)の平家部分においてビラの貼付されている窓ガラスは本件公訴事実に包含されない旨釈明したが、それは公訴事実にいう本件建物の範囲を確認的に明確にしたもので、右縮少認定ないしは釈明が訴因の不特定に基くものでないことはいうまでもない。なお以下「本件建物」という場合には右裏側の平家部分を含まないものとする)。そうすると、本件公訴にかかるガラスは特定されており、本件各訴因が不特定であるということは考えられず、本件が刑訴法三三八条四号に当たるということはできない。

なお所論は、被告人福間又は同被告人ら四名が貼付したビラの枚数が一枚ないし一〇数枚であることを前提としており、後述のとおり一六〇枚ないし約二〇八枚のビラを貼付した本件事案とは前提を異にしており、採用できない。論旨は理由がない。

第二  控訴趣意書記載第四 構成要件不該当の主張について

所論は要するに、器物損壊罪にいう損壊は本来物理的に器物の全部又は一部を害することを行為定型として予定しているもので、社会通念上物理的損壊を意味しており、そう解することが罪刑法定主義の要請にも合致し、したがつて物理的損壊以外の形態で物の本来の効用を減損させる行為が損壊に含まれるのは物理的損壊に準ずる程度のものに限定すべきであり、本来の用法に従つた利用が不可能か又は少くとも著しく害された場合に限られるべきであるが、本件では被告人福間又は同被告人ら四名の貼付したとされるビラは僅か数枚程度で、殊に原判示第一事実では一枚であり、その程度では窓ガラスの効用毀滅を来たしたか否か不明であり、仮に何らかの支障を来たしたとしても軽微一時的なものである、原判決は公訴事実記載のビラ全部が被告人福間又は同被告人ら四名によつて貼付されたことを前提とし本件をもつて器物損壊罪に当たるとしているが、本件はその前提を欠いており、原判示各事実とも器物損壊罪の構成要件に該当しない、というのである。

しかし、まず、刑法二六一条にいう損壊とは物理的又は準物理的変更ないし滅失に限定されるべきではなく、物の効用が害される場合も包含されると解すべきところ、本件は記録によれば原判示のとおり一六〇枚あるいは約二〇八枚のビラを本件建物の一、二階の東側の窓の窓ガラス全部(ただし階段中央付近にある窓ガラスを除く)、及び一階南側正面玄関の東側の扉ガラス、その上部窓ガラス、玄関左右の出窓の窓ガラス全部のほぼ全面にわたり、それぞれ糊付けをしたビラを貼付したという事案であつて、本件窓ガラス等の採光機能、透視機能(磨りガラスは除く)、美観、復原の難易等を総合すると、その効用を害されたと認めるべきである。すなわち、まず、採光の点を考えてみると、司法警察員平井達夫作成の検証調書によると、ビラ貼付時とビラ剥離後における本件建物一階事務室、業務用掲示室兼ロツカールーム、二階営業所運転手室においての照度計による照度測定がなされており、二階営業所運転手室での測定は、測定点が二回ともほぼ同じで検証開始から終了まで曇天であつたから日照を左程考慮しなくても良いと思われるのでその測定値の比較をそのとおり信用して良いというべきであり、それによるとビラ貼付時の照度は五〇〇ルツクスであるのに対し、ビラ剥離後は九〇〇ルツクスであるから、二階東側の窓ガラスの採光機能は損なわれたものというべきである。また、本件建物一階での測定値の比較は、なるほど、事務室における測定がビラ貼付時と剥離後とでは測定場所にやゝ差異があると思われ直ちにその数値どおりだとすることはできないが、業務用掲示室兼ロツカールームにおける測定はビラ貼付時と剥離後とでは測定場所や測定方法に差異があるとは思われないこと、同室における測定値がビラ貼付時で一四〇ルツクス、ビラ剥離後では三〇〇ルツクスになつていること、原審証人竹田操夫、同金築正夫、同山本昇、同川上禮三、同持田国夫らはいずれも一階事務室等が本件ビラ貼付により暗くなつた旨供述していること、本件ビラが透光性に乏しいこと(押収してあるビラ合計三四枚、昭和五六年押第三号の1ないし4)、本件ビラ貼付の態様、等を考えると、本件ビラ貼付によつて一階東側及び南側の前示窓ガラス等の採光機能も損なわれたというべきである。

もつとも、一階東側の窓ガラスのビラ貼付時一階事務室で執務中それに気付かなかつたという者があることが認められるが(原審証人三原良一の供述)、しかし、右事務室は東側の窓とは応接室、宿直室、業務用掲示室兼ロツカールームを距てており(前記検証調書添付平面図)、直接これと接しているわけではないから右一階東側の窓ガラスのビラ貼付に気付かなかつたとしても必ずしも不合理ではなく、現に応接室東側の窓あるいは玄関扉のガラス等に貼付する時点では右三原や他の者もこれに気付いているのであるから、当初これに気付かなかつたからといつて、前示採光機能を損なわれたという認定には何ら影響するものではない。また、業務用掲示室兼ロツカールームが暗くなり掲示が見えにくいという苦情がなかつたからといつて、同室の照度に変化がないということができないことは前示測定結果に照らしてもいうまでもない。

次に、透視機能の点について考えてみると、本件ビラは透明ではないから透明ガラスの全面に本件のようにこれを貼付すれば透視が困難になることもまた自明である。

更に、美観の点を考えてみると、器物損壊における物の美観の毀損もまた物の効用を害することの一態様であるというべきところ、本件の如く透明又は磨りガラスの場合にはそれ自体の美観が重視されることはないにしても建築物等に配置されて建築物全体の中での美観が問題となりうるというべきであつて、本件では本件建物は古い木造の実用目的の建築物であるが(前記証人竹田の供述)、その玄関の構造等を見ても全く美観を無視しているものではないことが明らかであり、本件窓ガラスも本件建物の中にあつて美観を保持していると考えられるところ、本件ビラが一応整然と貼付されており、ビラ自体も白紙に青又は赤色に印刷されたものではあるにしても、前示のとおりその貼付した枚数、態様等に照らすと、原判示ビラ貼付によつてそれぞれの窓ガラス等の美観が損なわれたものというべきである。

そして更に、復原の難易の点を考えてみると、原判示ビラ貼付は裏面のほぼ全面に糊付けして行われており(前記証人金築、原審証人小田川博の各供述)、これを剥離するためにナイフ等を使用し三、四名で二日間にわたり作業しているのであつて(前記証人金築、同山本、原審証人安達喜義、同横山行夫の各供述)、その復原が決して容易ではなかつたことは明らかである。

以上のとおり、本件窓ガラス等の効用が害されたことは明らかであり、したがつて原判示ビラ貼付行為が刑法二六一条にいう損壊に当たるものというべきであり、それらが同条の器物損壊罪の構成要件を充足するとした原判決の判断は相当である。

なお所論は、前同様、前示のとおり多数のビラを貼付したという本件事案とは異なる一枚又は数枚のビラ貼付の事実を前提とするものであるから採用することはできない。論旨は理由がない。

第三  控訴趣意書記載第二 刑訴法三一七条違反ひいては事実誤認の主張について

所論は要するに、原判決の掲げた全証拠をもつてするも原判示各事実を認めることはできない、すなわち、原判示第一事実については、本件建物二階窓ガラスのビラ貼付と被告人福間とを結びつける証拠は、「福間が貼つていた。手でビラを押えていたわけでございます。で、証人が見ている間に何枚ぐらい貼るのを見ましたかという質問に対し、貼つて押えているだけだつたと思います。」という前記証人安達の供述と、「福間君が一枚ぐらい貼つているのを見た。」という前記証人川上の供述だけであり、これらの証拠だけで被告人福間が一六〇枚のビラを貼付したと認めるのは推測のほかは考えられず、そのような推測は許されない、次に、原判示第二事実についても、本件建物の東側の窓ガラスについては目撃証人である前記証人山本の「福間、原田、須山が四、五枚貼つているのを見た。」、同小田川の「福間、原田、須山らが二、三枚貼つているのを見た。」との各供述があるだけであり、また、玄関側の窓ガラス等については右山本ほか五名の目撃証人の供述があるだけで、これらによつても被告人福間ら四名の貼付したビラは二、三枚、多いものでもせいぜい一〇ないし一四枚くらいで、被告人福間らの供述調書によるも、被告人福間が宿直室の磨りガラスにビラを貼付した、同田中がビラ二枚を宿直室の窓ガラスの上の部分に貼付した、同原田がビラ三枚を玄関脇の鉄柱に貼付したというに過ぎず、原判示第二事実と被告人福間ら四名を結びつける証拠はないのに、いずれも原判示各事実のとおり認定した原判決には刑訴法三一七条に違反した違法、ひいては事実誤認があり、これらが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、原判示各事実は原判決の挙示する関係各証拠を総合すれば優にこれを認めることができ、所論にかんがみ記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果に照らしても、原判決に所論指摘のような刑訴法三一七条違反ひいては事実誤認があるとは思われない。以下、所論について若干判断を示しておく。

まず、本件は被告人福間又は同被告人ら四名が一六〇枚あるいは約二〇八枚のビラ全部の貼付を自供している事案ではなく、また、それらの枚数全部についてまで被告人福間又は同被告人ら四名が貼付したことを直接立証できる証拠はない。被告人福間又は同被告人ら四名が貼付したビラの枚数を直接明らかにしているのは、原判示第一事実については、一枚(前記証人川上の供述)、同第二事実については、一階応接室東側窓ガラスに被告人福間が四、五枚(前記証人山本の供述)、同じく同被告人が二、三枚(前記証人小田川の供述)、宿直室の窓の磨りガラスに同被告人が三枚(被告人福間の司法警察員に対する昭和四七年一〇月八日付、被告人田中の司法巡査に対する同日付各供述調書)、同じく被告人田中が二枚(前同各調書)、玄関扉ガラスに被告人福間、同江角とで一六枚(原審証人藤原光義の供述)、同じく被告人江角が二、三枚(前記証人三原の供述)、同じく同被告人が四、五枚(前記証人山本の供述)という証拠だけであり、これらのほかに、枚数は不詳であるが、前同第一事実について、被告人福間が手でビラを貼つて押さえていた(前記証人安達の供述)、同第二事実について、玄関扉ガラスに被告人福間と同江角が貼つていた(前記証人持田の供述)、玄関上の欄間に被告人田中が貼つていた(前記証人三原、同持田の各供述)という証拠があるに過ぎない(ただし、被告人福間ら四名の糊付け、運搬については、前記証人山本、同小田川、同藤原の各供述等もある)。

しかしながら、前示本件事案の特質に加えて、原判示第一事実については、安達喜義が被告人福間のビラを手で押さえているのを目撃した際既にビラは一〇〇枚くらい貼付してあつて同被告人のほかにビラを貼付していた者があることは窺われないということ(前記証人安達の供述)、同被告人が一人で一六〇枚のビラを貼付することが格別不可能あるいは困難であるとも思われないこと等、原判示第二事実についても、被告人福間ら四名が貼付したのは本件建物一階東側と南側であるとされているところ、被告人福間らの一階東側の宿直室、応接室、南側の玄関扉、その上部欄間の窓ガラス等のビラ貼付について自供又は目撃証人の供述があること、被告人福間ら四名で約二〇八枚のビラを貼付することは、被告人福間が一人で一六〇枚貼付するのと対比しても一層容易であること等の諸事情が認められ、他に特段の事情も窺われない以上、前掲各証拠を総合して、それぞれ原判示のとおり一六〇枚あるいは約二〇八枚のビラ貼付をしたのは被告人福間又は被告人福間ら四名であると推認するのが相当であり、かかる推認は、本件事案の特質、前示事情等に照らすと、経験則にも合致し、何ら不合理とは思われず、それは、証拠に基いた認定にほかならないからこれをもつて刑訴法三一七条に違反するいわれはないというべきである。

なお、本件建物一階南側玄関上部の二画の小窓及び玄関左右の出窓のガラスが器物であるかそれとも本件建物の一部であるかという点について考えてみると、司法警察員平井達夫作成の昭和五六年一月一七日付実況見分調書によると、右三個所の窓はいずれも上部がはめ込み式となつていてはめ込まれており、下は木枠で、玄関上部の小窓には四本、左右の出窓には各二ないし三本の釘がその木枠に打ちつけられてそれぞれ固定されているが、これらの二ないし四本の釘を抜けば窓自体を破損することなくこれを取り外すことができると思われるから、いずれも器物であると認定するのに妨げとはならないというべきである。

要するに、原判示各事実には、所論指摘のような法令違反ないし事実誤認があるとは思われない。論旨は理由がない。

第四  控訴趣意書記載第五 違法性欠缺、違法性阻却ないし法令適用の誤りの主張について

所論は要するに、(一)本件ビラ貼付の背景となつた労働争議は鉄道廃止、鉄道従業員一七四名全員解雇という会社提案に対処するためのものであり、本件ビラ貼付はその争議中何とか局面を打開せんとしてやむをえず行つたもので、本件ビラの文言は何ら個人的誹謗・中傷ではない、(二)被告人福間ら四名の貼付したビラの枚数は僅かであり、一畑会社の業務に支障は生じなかつた、すなわち(1)原判示第一事実については、本件建物の二階は仮眠室、女子車掌の待機室として使用していたもので、女子車掌も通常は一階で待機しており、本件ビラ貼付により何ら業務上の支障は生じておらず、(2)同第二事実については、まず、一階事務室で執務中の者さえも本件ビラ貼付に気付かなかつたもので、それによつて室内の明暗に殆ど変化がなかつたことは明白で、警察の行つた照度測定は測定位置をことさら変更するなどその信用性は全く存しないものであり、透視の点についても、バスの運行管理者が窓を通してバスの発着を確認することは義務とはなつておらず、発着の確認は点呼によつて可能で、実際にも多忙時には窓を通してのバスの発着確認はしていないのであり、業務用掲示室兼ロツカールームについても掲示物が本件ビラ貼付によつて見えにくく困つたという訴えはなく、乗務員には掲示とは別に一か月前に乗務の予定表が配布され、予定変更の達し事項も個々人に通達されるのであり、宿直室に関しても、宿直室にはカーテンがかかつており、方向転換等で夜間進入する車があつても、そのライトにより確認は十分可能であるから、原判示第二事実判示のビラ貼付によるも何ら一畑会社の業務に支障は生じなかつたものである、(3)そして、一畑会社から業務に支障があるという通告は何らされておらず、しかも、被告人福間ら四名の貼付したビラは数枚程度であるから、一畑会社の業務に与えた支障は皆無といつて良い、(三)美観についても、本件建物は相当に古い木造の、実用を目的とした建物で、美観は二次的であつて、本件ビラ貼付が多数枚であつても一つ一つのビラは小さいうえ整然と貼付されており、深刻な争議をかかえている一畑会社としては右程度の美観を害されることは受忍すべきである、(四)労働組合法一条二項の「正当性」は、行為の目的、態様、実害、法益の権衡等を考慮して諸般の事情を総合して判断すべきところ、被告人福間又は同被告人ら四名の貼付したビラの枚数が仮に原判示のとおり多数であるとしても本件労働争議の性格は一畑会社による鉄道廃止提案による一畑労組組合員も含めた全労働者に対する攻撃であり、それは単なる不当労働行為以上の、労働者一七四名の死活問題であること、一畑会社の右提案に内在する合理化案は私鉄一畑支部潰滅を目途とする不当労働行為的性格を帯びていること、更に、右提案を巡つて地域住民もまき込んで問題が社会化していたこと等諸般の事情を考慮すれば、本件は平和的争議手段として相対的に穏当なもので社会的相当性の範囲内にあるというべきであつて、したがつて、労働組合法一条二項により違法性が阻却されるべきであり、まして、被告人福間又は同被告人ら四名の貼付したのは数枚程度であるからその貼付行為に違法性があるという理由は全くない、以上のとおり、本件は違法性を欠くか、労働組合法一条二項により違法性が阻却されるべきであるのに、原判決は同法同条項の解釈適用を誤り、それが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討するに、ビラ貼付行為について、刑法上その違法性を欠くか、あるいは違法性が阻却されるとするのは、ビラ貼付が労働協約、就業規則により認められている場合、慣行として認められている場合、施設管理権者の承諾が予想される場合、その他使用者がビラ貼付を許容しなければならないような特段の事情があり、かつビラ貼付の目的、方法等が社会的に容認されうるような相当の範囲内のものでなければならないと解するところ、本件において、まず、原判示ビラ貼付に至るまでの一畑会社、一畑労組と私鉄一畑支部間における、一畑会社の示した鉄道廃止案を巡つての経過等については、原判決挙示の関係証拠を総合すると原判決が「犯行に至る経緯」として認定している各事実が明らかである。そして、前記証人竹田の供述によると、一畑会社は一畑労組とは労働協約を締結し、ポスター等の掲示についてとり決めていたこと、私鉄一畑支部とは労働協約を締結しておらず、ポスター等の掲示についてのとり決めもなかつたこと、掲示板以外の場所にビラ等を貼付することについては明確に慣行といえるものはなかつたこと、及び一畑労組では鉄道廃止反対についてビラ、ステツカー貼付という戦術はとらなかつたと思われることが認められ、また、同証人の供述によると、昭和四七年八月二日ころ、当時の私鉄一畑支部副委員長景山曙に対しビラ貼付について警告し、同月六日にも重ねて警告したというのであつて、一畑会社が原判示の如きビラ貼付について承諾を与えていないことはもちろん、承諾を与えることも全く考えられない状況であつたことが明らかである。

そして、本件ビラ貼付の状況は先に認定したとおりであつて、その貼付した枚数、態様、原判示ビラ貼付によつて前示のとおり本件建物の窓ガラス等の採光機能、透視機能が損なわれていること、加えて、前示のとおり貼付してあるビラを剥離するのにかなりの人手、時間を要していることに照らすと、本件ビラ貼付によつて一畑会社の業務に支障が生じなかつたということはできない。また原判示ビラ貼付によつて、窓ガラス等の美観を害したことも前示のとおりである。

ところで、所論は、本件当時、鉄道廃止案を巡つて一畑会社から私鉄一畑支部に対し不当な攻勢があり、それは不当労働行為ないし不当労働行為的であり、それは私鉄一畑支部に限らず、鉄道従業員一七四名の死活に関する問題でもあり、更には地域住民もまき込んだ社会問題でもあつたから、原判示ビラ貼付はやむをえなかつたというが、しかし、記録によると、一畑会社において鉄道部門がいわゆる赤字経営であつたというのであり、同部門を廃止又はこれを切り離して別会社とする案を示したのを不当であるというわけにはいかず、この提案が私鉄一畑支部の潰滅を策してなされたこと、あるいは格別私鉄一畑支部を差別して不利益に扱つていることは記録上窺うことはできず、むしろ、前記証人竹田の供述によれば、一畑会社としては昭和四七年三月から本件ビラ貼付の頃までに一畑労組及び私鉄一畑支部とそれぞれ四回ずつ各別に団体交渉に応じているというのであつて、記録を精査し、当審における事実取調べの結果に照らしても、一畑会社に不当労働行為ないしは不当労働行為的行為があつたとは思われない。更に、一畑会社の右提案が鉄道従業員の利害に深く関わつていたこと、地域住民にとつても生活に密接に関連した交通機関の問題であつてこれに深い関心を寄せていたことは記録上十分に窺われるが、しかし、そのために、原判示ビラ貼付がやむをえないものであつたということは到底いえず、現に、前示のとおり、一畑労組では、いわゆるビラ貼付戦術をとらなかつたものと思われることと対比しても、明らかである。

以上のとおり、本件ビラ貼付が社会的に容認されうるような相当の範囲内にあるもの、あるいはやむをえないものであるということは到底できず、また、原判示ビラ貼付を一畑会社が許容しなければならないような特段の事情があるとは思われない。したがつて、原判示ビラ貼付行為は違法性を欠缺しているものではなく、また労働組合法一条二項、刑法三五条により違法性を阻却されるものでもない。なお所論のうち、被告人福間又は同被告人ら四名の貼付したビラの枚数が数枚であるから違法性を欠くとする主張は、本件事案とは前提を異にするのでその点においても採用の限りではない。その他、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決の原判示ビラ貼付行為につき違法性を認めたのは相当であつて、原判決に所論指摘のような違法性についての解釈の誤り、法令の適用の誤りがあるとは思われない。論旨は理由がない。

よつて、本件各控訴はいずれも理由がないので刑訴法三九六条を各適用してこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担について同法一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

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